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エリオット・スミスのキンクスカヴァー
先週くらいから色んなブログやtwitterで話題になっているので、ご存じの方も多いかと思いますが、2003年に亡くなったエリオット・スミスが、生前ライブで演奏してきた様々なアーティストのカヴァー音源を、こちらのサイトがまとめてアップしてくれています。

リンク先に飛んでいただければお分かりのように、ビートルズ、ボブ・ディラン、二ール・ヤングから、ツェッペリン、果てはオアシスに至るまで、取り上げるミュージシャンの幅の広さに、まずは驚かされます。
中にはブルー・オイスター・カルトの「死神」とか、イメージ的にエリオット・スミスとは結びつきにくい曲もやっているけれども、元の楽曲がメロディアスなので違和感はありません。
選曲のセンスがいいんですね。

我らがキンクスからは
「Waterloo Sunset」
「Set Me Free」
「Do It Again」
「Dead End Street」
「Here Comes Flash」
「Big Sky」
と、6曲も取り上げられているんですが、この曲目を見ただけでも、選曲の幅広さ(支離滅裂さ?)加減が、少しは伝わるんじゃなかと思います
特に「Here Comes Flash」あたりですね。

録音状態もバンドの演奏も、必ずしも満足のいくものではないんですが、中では「Waterloo Sunset」が特に素晴らしいと感じました。
煌びやかな街の夕景を眺めながら、待ち合せの恋人たちのあれこれを夢想する、ひきこもり気味の青年には、実はエリオットのような、こういう繊細な声にこそリアリティーがあると思います。

それから「Do It Again」以下の4曲については、2003年8月3日の演奏とクレジットにありますが、エリオットが亡くなったのが同年の10月なので、ひょっとすると、これは彼の最後のステージなのかも知れません。

僕は、キンクスのファンになるような人は、自殺なんかするタマじゃないだろうと勝手に思い込んでいるので、こんな「Do It Again」なんかをノリノリで演奏していた人が、その2ヶ月半後くらいに自ら命を絶ってしまうとは、にわかに信じがたいです。

まあ、それはともかくとして、上に書いたように、録音も演奏も決して良好とは言い難いシロモノではありますが、これはエリオット・スミスの一面を知るには格好の音源集です。
僕は最近、キンクスもそこそこに、毎日エリオット・スミスばかりを聴いております。


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| Heavy Rotation | 20:16 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
Wintertime Love
この季節になると毎年書いてますが、何しろ僕は冬が大の苦手です。

基本的に寒いのがイヤなので、冷たい風に吹かれながらポケットに手を突っ込んで街をうろついていたりすると、何で俺がこんな目に合わなければいけないのだろうかと、本気で悲しくなります。
それと空気が乾燥しているのも、油断していると鼻の奥がヒリヒリし出して、それでいずれは風邪をひくんじゃないかとか、毎日怯えながら生活してます。

ああ、Tシャツ姿で花火大会なんかに浮かれていたのは、あれはまだほんの3ヶ月ちょっと前だったはずなのに、
Where Have All the Good Times Gone!
人生とはかくも儚いものなのだろうか…


…というような話は、これまでにも何度も書いていて、またかと思われるので止めときますが、しかしまた、世の中というのはよくしたもので、冬にはクリスマスとかバレンタインなんかがあるからなのか、それともやっぱり寒いので人と人とが身を寄せ合っちゃうからなのか、なんかこうロマンチックな名曲がたくさん誕生してますよね。

キンクスで言うと、定番はもう「Waterloo Sunset」ですかね。
季節が冬であるということは、この曲のどこにも出てこないんだけれども、でも“chilly, chilly is the evening time”という一言で、ちなみにchillyというのは「冷え冷えする」とか「ひんやりとした」という意味ですけれども、それだけでリスナーに季節は冬なんだろうな、というのを意識させるというですね、そういう曲です。

あと『State of Confusion』に入ってる「Don't Forget to Dance」なんかも、





歌詞の中に“窓の外は雪になりそうだけど、君の凍えそうな心の中ほど寒くはないよ”とかいうのが出てきて、要するに打ちひしがれた女性に、それでも“ダンスすることを忘れないで、頬笑みを忘れないで、少しの間だけ嫌なことを忘れてさ”というような、外の寒さとハートウォーミングという対比ですね。

だから、冬の歌というのは、こうした寒さと温もりとのコントラストを扱うことが多くて、それでやっぱり“ロマンチック”ということになるのかも知れません。


というわけで、僕は冬はあまり好きじゃないんだけれども、それでも冬の歌というのは、これは結構好きで聴いている。
そして、そんな冬の歌の中で、何が一番好きかと問われれば、色々と迷った挙句に僕が答えそうなのはこれかな?

Doorsの「Wintertime Love」



美しいですよね。
ちょっと僕は、ジム・モリソンという人は好きなんだけど、クスリでドアの向こう側にブレークスルーしてみたり、ステージでマスターベーションしてみたり、パリの浴槽で死んでみたりというですね、やはり常軌を逸した危ういところに恐ろしさも感じるわけで。
だから、そういう人物が醸し出す、逆にハートウォーミングな世界というのは、なんかこう温かみの中に、一種の凄味のようなものを伴って、通常以上に美しいと感じてしまうんでしょうかね。

僕はこの頃、なんか「おっかなくて」、ドアーズを聴く機会は徐々に減ってますが、でもこの曲の入った3枚目だけは今でも好きで、これは愛聴盤の部類に入りますね。
ドアーズにしては意外と聴きやすいです。


ところで、ジム・モリソンといえば…
珍しくここでプライベートな話を書きますけれども、むかし新婚旅行で一世一代の奮発をして、ロンドンとリバプールとパリを回りましたんですけど、その時、僕がパリに行きたかった一番の理由というのが、これが実はジム・モリソンの墓のあるペール・ラシェーズを詣でたいというものだったんですね。
まあ、ノーマル人であるカミさんにしてみたら迷惑な話で、なんで新婚旅行で花の都パリスにまで来て、わざわざ知らない奴の墓参りなんかしなきゃならんのだ、というところだったでしょうが、それでもショパンとかマリア・カラスが眠ってるんだからさあと、半ば騙すようにして連れ出しました。

霊園の中に入ってしまえば、ショパンにもマリア・カラスにも僕はご縁がないわけで、いや僕だけじゃなくて世の多くの人がそうだったみたいで、敷地の至るところに
「jim →」「JIM →」という落書きがある。
それで僕らは迷うことなくジム・モリソンのお墓に辿りつくことが出来たんですが、しかし行ってみたら、墓所の中ではヘルスエンジェル風の強面が3人、ウィスキーの回し飲みなどをしておりまして、他にアメリカ人と思しきヒッピー風の長髪おじさんがおりまして、何かやっぱり異様な雰囲気でしたね、あの時は。

僕が墓前まで行ってお参りしたいというのを、さすがにカミさんが止めまして、そりゃあそうだよね、ほんの3〜4日前に結婚したばかりのダンナが、言葉もろくに通じないパリの墓場でボコボコにされたらたまったもんじゃないもんね。

でまあ、仕方がないので、遠くからお参りしまして、しぶしぶ帰って来たわけなんですが、でも恐らく、あの時、あの場所にいた人たちは、きっと僕と同じ思いで、ジムの墓参りをしていただけの人なんだよね、きっと。
だからやっぱり、僕はあの時墓前まで行って、キチンとジムの墓に詣でるべきでした。
そう出来なかったことだけが、返す返すも残念で、未だに心残りです。

まあ、新婚旅行なんかで、カミさんを騙して行ったのが、そもそもの間違いだったんですけどね。

ということで、
いやあ、今回は大した考えも無しにタイトルだけを決めて書いたので、やっぱり話があっちこっちに行っちゃいましたね。
最後まで読んでいただいた皆さん、どうもすいませんでした。


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| Heavy Rotation | 23:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Rock & Roll People
前回の記事でハウリン・ウルフのことを書いたら、これが妙に心に残ってしまいまして、あれ以来僕は今まで二週間ほど、ブルース漬けの(と書くとちょっとオーバーだが)日々を送っていたのであります。

と言いますのも、僕はこういう記事を書く時に、あまり何も考えずに、こうガシガシと書き殴っているように思われるかもしれないけれども、実はこれがけっこうな下調べなどしながら書いていたりするわけで、いやあその割には大したことないなあなどという呆れた声も聞こえてきそうだが、とにかくそういう書き方をしているのです。
それで、この前「Last of the Steam-Powered Trains」を書いた時に、参考程度にハウリン・ウルフのロンドン・セッションなどを聴いておりましたところ、それまでこれはあまり趣味じゃないと申しますか、さほどのめり込んで聴くほどのアルバムでは無かったのですが、年のせいなのか何なのか分かりませんが、これが急激に大好きになりまして、それでこりゃあいかん!ということになりまして、とりあえず手許にあったロバート・ジョンソンやらマディ・ウォーターズのベスト物やらを聞き直しまして、更にネットで調べたところ近くの図書館に、今では廃盤になった「はじめてのブルース」というコンピレーション三部作があることを知って早速これを借りに行き、



そうやって改めて聴いてみると、このブルースという音楽には、今更ながらに心惹かれるものがある。
メロディーラインはもちろんのこと、ミュージシャンの声や歌唱、演奏、そうしたひとつひとつに、やはり歴史の重みとでも申しますかですね、そういうものが感じられるし、その演奏の形式も、何しろ古い人は戦前からレコードを出したりしているわけだから、ギター一本の弾き語りから、戦後のバンド形式、更にはブラスを加えたゴージャスなものまで多種多様であって、表現の幅も思ってた以上に広いわけです。

そうなってくると、こういうことは過去にジャズやブルースに傾倒した方ならばお分かりかと思いますが、この種の音楽にのめり込みはじめると、その他の音楽、つまりロックやら何やらを、あまり聴きたくもなくなっちゃうんですよね。
そんなこんなで、僕はにわかブルース漬け人間となり果てまして、遂には「ああ、このまま俺も生きながらブルースに葬られてしまうのか…」などということをぼんやりと考えるようになりまして、最終的に「ううブルースを、もっとブルースを…」などと、これは禁断症状ですかね。
そして遂に、もっとこうエレクトリック・ブルースみたいな、行き着くとこまで行き着いた最近の音も聴いてみたいと、その禁断症状に震える手を伸ばしたのが“100万ドルのブルース・ギタリスト”ことジョニー・ウィンターが、1975年に出した『John Dawson Winter 掘戞

だって何しろ“100万ドルのブルース・ギタリスト”が自分の本名をそのままタイトルにしたアルバムを出せば、どうしたってド・ブルースのアルバムを想像してしまうじゃありませんか。ねえ?
でもね、しかし、さにあらず。ド・ブルースを期待して聴いたこのアルバムが、皮肉にも僕をこちら側に、こちら側とはつまりロックの側に、引きずり戻してくれたのだから、音楽と人との巡り合いというのは、実に不可思議なものであります。


むかし、ジョン・レノンが『Rock'N'Roll』を制作していた時に、たまたま同じスタジオでレコーディングしていたジョニー・ウィンターと知り合って、彼に提供した(一説にはレノンが放棄した曲をウィンターが拾った)のが、アルバム一曲目の『Rock & Roll People』。
ジョンのそれは、結局その死後に出た未発表音源集の『Menlove Ave』で聴けるけれども、このウィンター・バージョンはレノン版を上回るド・ブルースならぬド・ロックン・ロールでありまして、この時点でリスナーは心の臓をガシリと鷲掴みにされるわけです。そして、そこからはもう怒涛のロックン・ロールのオンパレード状態となり、途中泣きのギターが冴えわたる「Stranger」とか、カントリーっぽい「Love Song To Me」等もはさみつつ、全編完成度の高いロック曲に圧倒されっぱなしの40分弱となるわけです。

このアルバムは、元々ブルース・ギタリストとして出発したジョニー・ウィンターが、リック・デリンジャーとの出会いにより幾分ポップな方向に転向し、すると今度はその反動で“やっぱ俺にはブルースだわ!”とばかり、また元のブルースメンに戻って行くという、その回帰の過程で制作された絶妙な一枚でありまして、適度のポップ感覚と適度のブルース感覚を併せ持つ、これはある意味奇跡的な一枚と言ってしまっても良いんじゃないかレベルの傑作であります。

さすがに“100万ドルのブルース・ギタリスト”だけあって(あ、これはデビューに際しての契約金が100万ドルだったことからついたあだ名ね)、そのギターの腕は冴えわたっており、まあキンクス日和なんかをどれだけの数のギター少年が見ているのかは知らないけれども、もしもまだこれを聴いたことのない将来の天才ギタリストがいらっしゃいましたら、これを聴いておかない手はありません、と強く申し上げておきたいと思います。
実にアイデアに溢れた名フレーズがビシバシと出てきます。

長らく廃盤と再リリースを繰り返してきて、中々安定供給されることの少ないアルバムですが、僕はこういう決して大ヒットしたわけじゃないけれども、内容的に優れた傑作アルバムというものは、いつでも手軽に手に入るような世の中であって欲しいと思っております。
邦題が『俺は天才ギタリスト!』というのが、イマイチこの内容の良さを伝えきれなかった要因なんじゃないかとも思うのだが、それはともかく、今なら2011年に出た紙ジャケが、数量限定でまだ手に入るので、興味のある方はこの機会にぜひ。

というわけで、僕はしばしのブルースへのトリップから、こちらに戻ってきてしまいました。
やはり所詮ロックンロール・ピープルは、幾つになってもロックンロール・ピープルのままなのかも知れませんね。

なんか話が全然キンクス日和じゃなくなっちゃったけど、ブルースからの生還、ただいまリハビリ中につき、今日のところはこの辺で。





※ちなみにこの曲は本作には入ってません


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| Heavy Rotation | 22:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
the Kinks at the BBC



先週の火曜日に届いて、それからおよそ一週間に亘って延々と聴き続けたのだけれども、何しろCD5枚組+DVD1枚というボリュームであるからして、聴いても聴いてもなかなか最後の曲まで辿り着くことが出来ません。
やっとの思いで一度全編を聴き終わり、それから半ば意地になって2巡目に突入し、この度それがやっと終わりましたということで、晴れてこの記事を書いている次第であります。

それで、全篇を2回聴いて、DVDも鑑賞して、結果どうだったかというと、まあ僕がキンクスを評価するのだから、多少の贔屓目は仕方がないとして、その部分は割り引いて読んでいただくのが宜しいのだが

一言で言って、これは素晴らしい!

僕は、本当はこんなことを言ってはいけないのかも知れないけれども、実は4年前に出たボックスセットの「Picture Book」、あれがあんまり面白いとは思っていなくて、入手してから今までに、全編を通して聴いたことは、それこそ2回位しかありません。
それは何故かというと、やはりあそこには、CD6枚組というボリュームの割には、こちらが期待したほどには未発表曲がなく、それほど珍しい音源も入ってなかったということ。
もちろん、あれはそもそもがアンソロジー・ボックスだったわけで、別に未発表音源集じゃないんだから、僕の期待が初めから間違っていただけなのかも知れないんだけれども、それにしてもファンにはちょっと物足りないかなあ、という印象は否めませんでした。

しかし、今回のボックスは違います。
全てがBBCにて公開された音源なので、もちろん未発表曲というのはありませんけど、今回はこちらの期待がそこにはないから、何も考えずに楽しめます。

まあ、何が楽しいって、まずはキンクスの歴史というものが、アンソロジーであるところの「Picture Book」なんかよりも、よりリアルに伝わって来るところ。
例えば「You Really Got Me」なんかは、CDに5回、DVDも含めれば全部で11回も登場するんですけど、それが初期のガレージ・サウンド、70年代のブラス・ロック、90年代の風格あるハード・ロックといったように、時代時代で姿を変えて演奏されて、それによってキンクスの変遷が一聴のもとに把握できる仕組みになっています。
同じことは「Waterloo Sunset」や「All Day And All Of The Night」なんかにも言えると思います。

それから、また楽しいのは、ライブならではのスケール感ですかね。
初期では、僕が感じたのはピートのベース。これが太い。
昔から「ピートのベースは“恐ろしく太い”」というのがレイやデイヴの口から言われていましたけど、その正しさが、スタジオ盤以上の迫力でハッキリと確認できます。
あと、72年から74年あたりにかけての、所謂RCA時代の曲を聴くと、これらはライブであったりスタジオ・ライブであったりするわけですが、みなオリジナル・アルバムより以上の出来の良さでありまして、レイ・デイヴィスは、RCAの曲を、ライブ前提に創っていたんだな、ということがこれでよく分かります。

ただ、一方で残念なのは、契約の関係なのか何なのかは分かりませんが、70年代後期のアリスタ以降、アルバムで言うと「Misfits」から「UK Jive」までの楽曲が、まるまるスッポリと抜けているという部分でしょうか。
(何故か「Phobia」は入ってる。またアリスタ期でも「Come Dancing」だけはDVDで観ることか出来ます)
この頃はアメリカでの活動が中心で、BBCには滅多に出なかったということなのか、詳しい事は分からないので何とも言えませんが、「Give The People What They Want」とか「UK Jive」も、この雰囲気でぜひ聴いてみたかったところです。

それと、色々なレビューや何かで既に言われていることですが、CD5の6曲目以降。これが超絶音が悪いです。
例えて言えば、音質の悪いラジオから流れた曲を、そのまま録音したような音であって、時間稼ぎなのか何なのか知らないけれども、正直ここまでして収録する必要があったのか、僕もこれには疑問を呈しておきます。
いやホント、この時代にこの音はないわ…


さて、ところで、同じBBC音源ということで気になるのは、以前に出た「BBC Sessions」との重複です。
具体的には「BBC Sessions」にのみ収録されて、今回のBOXに入っていない曲ということですけれども、果たして今回のこのBOXの発売によって「BBC Sessions」は不要となってしまうのか?
それで、面倒だったけど一曲一曲照らし合わせて調べましたところ、2組の間で重複していないのは以下の2曲のみということが分かりました。

まずは「Did You See His Name ?」。
これは1968年の「Village Green Preservation Society」セッションの際にレコーディングされたものの、オリジナル・アルバムには未収録のナンバー。
「BBC Sessions」の他、ベスト盤の「The Kink Kronikles」、及び2004年に出たVillage Greenのデラックスで聴くことができますが、今回のBOXには収録されませんでした。
それからもうひとつは、デイヴの歌う「Love Me Till The Sun Shines」。
曲自体は、BOXにも1967年8月4日のセッションと、1968年7月9日のセッションの計2テイクが収録されていますが、「BBC Sessions」に入っているのは1968年7月1日にレコーディングされたテイク。
個人的には、この7月1日のテイクが最高に気に入っていたものですから、今回のBOXにこれが収録されなくて嬉しいような悲しいような複雑な気分ですけど、皆さんはどうでしょうね、2曲のために「BBC Sessions」を手許に置いておきたいと思うのかどうか。


「Love Me Till The Sun Shines」について(9/10追記)

この曲の収録日時および放送日に関して
「BBC Sessions」のライナーには
Recorded at BBC Piccadilly Studio 1, London 1 Jul, 1968
First Broadcast on Top Gear (Radio-1,7 jul 1968)

「at the BBC」にライナーには
From the The Playhouse Theatre, London 9th July 1968
First Broadcast on Saturday Club (Radio-1,13 jul 1968)

とあり、一見別の日に録音された別テイクのようですが、音自体は全く同じものです。(演奏後のDJのしゃべりも全く同じ)
なので、これらは同一テイクと判断して、ここに訂正させていただきいます。

結果、「BBC Sessions」にしか収録されていないのは「Did You See His Name ?」1曲のみということになります。


読み返したら、何とも取りとめのない行き当たりばったりの記事になっておりますが、最後にこのBOXで最高の収穫は、というのを書いておきます。
これはもうDisc6のDVDにとどめを刺します。
このディスクだけで、インタビューも含めて59曲収録という、驚異的なボリュームですが、曲数を聞いた時に危惧したような、ダイジェスト版なのかと思いきや、そんなことはなく、キチンと全曲フル演奏してくれています。
以前の記事で「収録時間から考えて、曲の途中でフェイド・アウトとかしちゃうパターンかなあ?全部入ってたら神ビデオですよ、これは!」と書いている手前、ここで改めて断言しますが

皆さん、これは間違いなく「神ビデオ」です!

いや、ハッキリ言って、このBOXの他の収録曲が全部クズであったとしても、このビデオを観さえすれば、それで全部が帳消しになるレベル。
もちろん他の収録曲もクズのわけが無いので、「嬉しい×嬉しい」で嬉しさ倍増。まさに今回の「BBC BOX」は、キンクス・ファンにとってのお宝アイテム確定であります。

インタビューが多くて、輸入盤だと言ってることが分からずにもどかしい思いもするけれども、しかし翻訳料として日本盤に1万ウン千円を出すことが妥当なのかどうなのか。
僕はそれがイマイチ分からなかったから、直輸入盤を買ったのだが、確かにインタビュー部分は苦戦して凹みそうにもなりますが、でもそれ以上に演奏が素晴らしいので、今のところは大変満足して毎日笑顔で聴いております。


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| Heavy Rotation | 20:15 | comments(27) | trackbacks(0) | pookmark |
ザ・グレアム・グールドマン・シング
いかにレイ・デイヴィスが「きみもスタアだ(Everybody's A Star)」と言い含めようとも、世の中にスタアというのはほんの一握りでしかない。
あとはせいぜいがそのスタアの裏方さんか、残りの99.99999%くらいの人は、まあ言ってみればタダの人だ。

それで、このタダの人については、キンクスなんかが散々取り上げて、持ち上げたり突き放したりしてくれているので、ここでは敢えて言うこともない。
今日言いたいのは残りのひとつ「裏方さん」についてであります。

で、この裏方さんにも2種類あって、ひとつは自分から進んで裏方になったタイプ。
こういう人は本当のやり手ですね。昔ジョン・レノンなんかも、ビートルズ成功の秘密を訊かれて「そんなの分かんない。分かってたら裏方で稼ぐ」と言ってましたけど、そりゃあ人に演奏させて、自分は裏で札束数えてるような生き方が出来れば、これ以上の幸せはないわけで。

ところが、同じ裏方でも、本当はスタアになりたいのに、そして才能だって備わってるのに、チャンスがなくて仕方なしに裏方をやっているというタイプ。
こういうのは一番ストレス溜まるでしょうね。
目の前にいるスタアを卑屈に見ながら、「本当は俺の方が才能あるのに!」とか考えたりして。

それで、誰がこのタイプかとかは言わないけれども…

…とか言いながら言っちゃうけれども、僕の勝手なイメージでは、60年代のグラハム・グールドマンなんかがこのタイプなんじゃないでしょうか?
いや、これは本当に僕の個人的なイメージですけどね。


すると、じゃあそもそも「グレアム・グールドマン」って誰?って話ですが、まあ、名前の前に形容詞的に付け加えるならば“10ccの”っていうのが一番妥当ですかね。
これなら知ってる人はぐっと増えますね。
あと、その他にいくつか思いつくのは“ヤードバーズの「For Your Love」を書いた”とか“ホリーズの「Bus Stop」を書いた”とか、あと、もちろん10ccの「I'm Not In Love」も書いている。
だから、60年代から70年代にかけてのブリティッシュ・ロックでは、結構な重要人物のはずなんだけれども、どうでしょうね、あまり単独ではピンと来る人も少ないような気がします。

経歴を見ていると、この人は典型的な裏方、参謀タイプで、例えばグループの頭脳としては非常に頼れる存在だけれども、ソロとして目立とうとすると全然芽が出ない。
失礼ながらそんな印象。
本人がそれに甘んじていたのかどうか、それは知る由もないですが、他のミュージシャンが歌ってヒットさせた曲をセルフ・カヴァーした、こんなアルバムを1968年に出しているところを見ると、ソロ歌手として売れてやろうとかいう野心も、ちょっとくらいはあったんじゃないかなあ。
まあ、あんまり売れなかったみたいですけどね。


売れた売れないは二の次として、しかし彼が68年に残したファースト・ソロアルバムの出来というのが、これが相当に良いのです。
なにしろ、彼が裏方としての才能を発揮して、他のアーティストに書いてヒットさせた名曲がふんだんに入っている。
加えて、アレンジを担当したのが、かのジョン・ポール・ジョーンズ(この人も長いこと裏方でした)であるからして、曲によってはオリジナル・アーティストよりも上を行っていたりする。

曲良し、アレンジ良し、良くないのはグレアム・グールドマン本人のヴォーカルだけだったりして…
ま、この辺がソロとして売れなかった原因なんだろうけれども、しかし、それってさすがに致命的かな。


ストリングス・アレンジが冴えわたっていて、ホリーズよりも格調高く演奏される「Bus Stop」とか



クラプトンが「こんな曲やりたくねえ!」と言って、彼のヤードバーズ脱退の引き金になった「For Your Love」とか



そもそもこの「For Your Love」という曲にしても、最初はグールドマンが自分のバンドのために書いたものだったのにレコード会社から却下されて、それで仕方なしにヤードバーズに譲ったら、これが全英3位、全米6位の大ヒットになったんだから、グールドマンの運の無さというのは推して知るべしと言うべきですね。

それからハーマンズ・ハーミッツが66年にヒットさせた「No Milk Today」であったり、ウェイン・フォンタナが67年にヒットさせた「Pamela,Pamela」。
あと、あまり売れなかったけれども66年にシェールが出した「Behind The Door」など、60年代後半のイギリス音楽のエッセンスがギュギュッと詰まった隠れた名盤がこれであります。

キンクス日和的に書くならば、ちょっと陰のある『Face To Face』とか、ひねくれてない『Something Else』という感じでしょうか?ちょっと強引かな?
あまりビートは利いていないけれども、終わりを迎えつつあるスウィンギング・ロンドンを象徴するような、哀感ただよう楽曲の数々は、いま聴いても心に響く。


グールドマンは60年代を、作曲家やプロデューサーなどの裏方として過ごした後、1972年にエリック・スチュワート、ゴドレイ&クレームと組んで10ccを結成。
ここでようやく世界的な大成功を収めて、裏方稼業から脱却するわけだけれども、それでもやっぱり“10ccの”グレアム・グールドマンって言われちゃうわけで…。

でもまあ、この人には、こういう立ち位置が一番似合っているような気がしますけどね。


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| Heavy Rotation | 23:46 | comments(6) | trackbacks(1) | pookmark |
そして人生は続く
新年の一発目に何を聴こうかというのは、これは色々な音楽ブログなんかを読んでいても、みんなちょっと迷うところみたいですね。
でも、僕は全然迷わない。毎年同じ『Village Green Preservation Society』。
これはもう、自分にとっては「とりあえずビール」みたいなものであって、楽しい時、嬉しい時、悲しい時、落ち込んだ時、あと普通にしてる時も、とりあえずは先ずはこれを聴く。
それで先ずはそれを聴いて、じゃあ次は何にしようか。日本酒にしようか焼酎にしようか、いやいや偶にはワインでも飲んでやろうかしら…と、ここからが実は本番みたいのもので、あれこれメニューを眺めることになる。

それで、今年はビビッと来るものがあったというか、何か引っかかるものがあって、ズバリ選んだのがキンクスの『Sleepwalker』。

何よりも聴きたかったのは、その中の一曲『Life Goes On』。





 友達がひどい目にあってさ
 人生はメチャクチャ 頭もおかしくなったんだ
 奴の彼女が親友と駈落ちしちゃったんだよ
 それが相当ショックだったらしくてとうとう自殺しちまった
 悲惨な話だよな
 でも、そういう運命だったのかも知れないな
 人生は続いてくってのに

 人生を生きてりゃ
 そんなのは毎日どっかで起こってるよ
 おまえもすべてを失っちまわないうちに
 自分を見つめ直しておけよ
 心構えができてなくても
 運命って奴はいきなりやって来るもんだ
 感謝の気持ちを持って
 得られるものは今のうちに全部手にしておくんだ
 その不機嫌な顔をやめてさ
 死んじまうにはまだまだ時間がたっぷりあるだろう
 人生は続いてく ずっと続いてく

 怖がってオロオロしても仕方ない
 運命ってのは不意に訪れるものなんだからな
 ある日突然やって来るから
 おまえはそれをうまい具合に受け入れるんだ
 予想もしてない時に
 いきなり打ちのめしに来るかも知れないぜ
 
 おまえもいつの日かこの世を去る時が来る
 そのときに分かるだろう
 人の営みってのはずっと続いてくんだってことが
 おまえが良い奴だったか悪い奴だったか
 正しかったか間違ってたのか
 そんなのは誰も気にも留めない
 それぞれの人生が続いてるからだ

 銀行が倒産して無一文になったことあるよ
 あん時はほとんど自殺もんだったね
 ガス栓までひねったんだけど
 でもすぐに気がついた
 ガス代払えなくてガス止められてたんだっけ
 結局何を試してみてもダメ
 死ぬにはちょいと若過ぎたみたいね
 人生は続いてく どこまでも続いてく

 竜巻とかサイクロンとかハリケーンが
 雷と雨でもって町を襲うことあるよな
 すげえ吹雪が吹きすさぶこともありゃ
 津波が押し寄せて来ることだってある
 だけど俺らは立ち直るんだ
 それまで以上に逞しくなって
 たとえ先の見通しが暗いとしても
 人というのは頑として反撃するものなんだ
 人生は続いてくんだから
 ずっと続いてくんだから


これはもう、余計な解説は不要ですね。
予測がつかないのが人生。紆余曲折あります。笑う時もあれば泣きたい時もある。死にたくなっちゃう時だって無いわけじゃない。
それでも続いていくのが人生。
とりわけ去年ああいうことを経験した日本にとっては、これは殊更に意味のある一曲じゃないでしょうか。


それにしても、こんなにも真面目な人生の歌を歌いながら、何でまたこの人はガスのエピソードなんか入れるかね?
100%真面目ということが出来ないのかね?
まあそれが、レイ・デイヴィスのレイ・デイヴィスたる所以なんですけど、きっと真顔でお説教なんか、絶対に出来ない人なんだろうなあ。


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| Heavy Rotation | 20:45 | comments(14) | trackbacks(0) | pookmark |
Keep Me In Your Heart

最近、久しぶりにウォーレン・ジヴォンの「The Wind」を聴いてみたら、以前聴いていた頃よりも、ずっと心に沁みるようになっていたので驚いた。
これはやっぱり地震やら何やらで、知らず知らずのうちに、精神面に変化が起きているのかも知れないなあ。
それでこうしたアルバムに心を打たれるようになったのかも知れない。

この「The Wind」は、アメリカのシンガー・ソングライター、ウォーレン・ジヴォンの最後の作品。
しかも、あらかじめ最後の作品に、つまり遺作にすることを目的に作られた、ある意味では彼の遺書のようなアルバムです。
ジヴォンはアルバム制作に入る前の2002年9月に、末期の肺がんであることが判明し、余命3ヶ月を宣告されていました。
彼はその3ヶ月という僅かな時間を、最後のアルバム作りに賭けたのです。

ブックレットを開いてまず驚かされるのは、ゲストの豪華な顔ぶれ。
ブルース・スプリングスティーン、ジャクソン・ブラウン、ライ・クーダー、ドン・ヘンリー、ジョー・ウォルッシュ、ティモシー・シュミット、トム・ペティ、マイク・キャンベル、デビッド・リンドレー、ジム・ケルトナー、ジョン・ウェイト、トミー・ショウ、エミルー・ハリス…。
また、クレジットにはないものの、一説にはボブ・ディランもセッションに加わっていたという話もあります。

ただ、その豪華さを喜んでもいられないのは、参加した彼らは、皆ジヴォンとの最後の別れを惜しむためにスタジオに入ったのだ、という背景を感じてしまうからでしょうか。

一方「ロック界のサム・ペキンパー」とあだ名され、戦争や暴力、ショッキングな現実をリアルな歌にしてきた、往年のジヴォンはここでも健在で、歌詞を読めば、目の前に迫った自分自身の死の影に、正面から向かい合っている姿が生々しく伝わってきます。

いや、こう書いていると、これはリスナーに悲しみや同情を強いるような、重苦しい作品なのかと誤解されそうですが、全くそんなことはありません。
確かに、以前の諸作品に比べて、一部の曲での彼の声は弱々しく聞えます。
しかしながら、肉体は疲弊しているにしても、彼の精神はいささかも衰えていない。恐ろしいくらいに前向きであって、待ち受ける悲劇的な前途に対しても、むしろ積極的ですらあります。
ボブ・ディランの「天国の扉」のカヴァーでは、エンディング近くで「扉を開けろ、扉を開けろ!」と、リズミカルに連呼さえしています。

収録曲は、無骨なロックン・ロールから、ウェストコースト風の軽快な曲、アコースティックな弾き語りまで様々ですが、曲中に笑い声があがったり、力強い「Come On!」のような掛け声があったりで、リスナーを陰鬱にさせるようなことはありません。
アルバム制作中のジヴォンは、恐らく「生きる」とか「死ぬ」ということを超越した次元にいたんじゃないのかな、と思います。

さて、そうした様々な楽曲群の中にあって、最大のハイライトと言えるのは、ラストに収録されているこの「Keep Me In Your Heart」でしょう。




 夕闇が迫って 息が切れかけている
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ

 君の傍を離れたとしても
 それは愛をなくしたからじゃないんだ
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ

 朝に目覚めて 狂ったような太陽が目に入ったら
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ

 夜ごと旅立つ「結末」という名の列車みたいのものさ
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ

 Sha-la-la-la
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ

 家の中の些細な用事をしながら
 時々は俺を思い出して
 ほほ笑んでくれるかい

 俺はブラウスのボタンみたいに
 君に結びついているのさ
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ

 俺の手をとり 君の夢の中に連れて行ってくれ
 まるで見えてるみたいに俺に触れてくれ
 冬が来たなら暖炉を燃やし続けておいてくれ
 俺は君のすぐそばにいるよ

 機関手はプレザント・ストリームを目指して北へ向かう
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ

 車輪は回り続けるけど蒸気は切れかけている
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ

 Sha-la-la-la
 しばらくの間だけでいいから
 君の心に俺をとどめておいてくれ
 Sha-la-la-la
 心にとどめておいてくれ


この曲の歌入れの時点で、ジヴォンは既にスタジオ入りできないほどに衰弱しており、自宅に録音機材を持ち込んで、そこで収録したといわれます。
アルバム最後の曲は、そのまま彼の人生最後の曲になりました。

死期を悟ったアーティストが、音楽人生の最後の最後に訴えた言葉は「俺を忘れないでくれ」。
うーん、こういうのが人間の心情なんでしょうね。
自分がいなくなっても、残った人たちには自分を忘れないでいて欲しい。
やっぱり、人間として一番悲しいのは、自分という存在が忘れられてしまうことなのだというのが、ダイレクトに伝わってきます。

このあたりのことが、今回のエントリー冒頭に書いたこととリンクしてくるのですが、これを聴くと、僕なんかの頭には、今年日本に不幸な出来事があって、そこで沢山の方々が亡くなってという、そういう現実がよぎるわけです。
それで、僕らはそのことを決して忘れてはいけないなという想いですね。
やはり、忘れないでいることが最大の鎮魂になるんじゃないか、とか。
ちょっとしんみりしますが…


さて、それはさておき、余命宣告されていることを公表した後、テレビ出演した際に、司会者から「今の君は、僕の知らない事を知っているのかい?」と問われた時の言葉がまた良いので、最後に紹介しておきます。
ジヴォン曰く
「I savor my time and enjoy every sandwich」
(時間というものを噛みしめながら、サンドウィッチの一口ひとくちを楽しんでいるよ)
この「enjoy every sandwich」は一種の流行語となり、後にスプリングスティーンやディランらが参加した、ジヴォンのトリビュート・アルバムのタイトルにもなっています。

日本盤のライナーによると、「次のジェームズ・ボンドの映画公開が間に合わなかったらがっかりするなあ」と語っていたというウォーレン・ジボンでしたが、結局は映画公開どころか、そのDVD発売にも間に合った、とあります。

しかし、アルバムリリースからおよそ1ヶ月後、余命宣告から一年を経た2003年9月7日、自宅で仮眠をとっていた彼は、そのまま還らぬ人となってしまいました。
享年56歳でした。


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| Heavy Rotation | 19:24 | comments(3) | trackbacks(0) | pookmark |
ブライアン・ウィルソン 「In the Key of Disney」

コカ・コーラ、ハリウッド、メジャーリーグ、ジェームス・ディーン、ブロードウェー、マクドナルド、エルヴィス・プレスリー、トム・ソーヤー、スヌーピー…等々、アメリカ文化を象徴するものを思いつくままに挙げていくと、その中に必ず含まれるはずの「ディズニー」と「ビーチ・ボーイズ」。

そのアメリカを代表するふたつのポップ・アイコンがコラボレートしたら、これは一体どんなことになっちゃうんだ!

ということで、あの「SMiLE」と同時に予約していた、ブライアン・ウィルソンによるディズニー・カヴァー集。
昨日それが手元に届いて、それからずっと聴いているわけですが、いやあ、さすがの安定感。これは当分聴き続けることになるな。

なにしろこの秋はビーチ・ボーイズ関連にやられっぱなしで、キンクス日和を名乗りながらこういう記事を書くと、もう面白いようにアクセス数が落ちるので、あまり書きたくはないのだが、それでもこれは書かねばなるまい。

前作の「Reimagines Gershwin」も会心の出来だったけれども、これは素材がブライアンの敬愛するアメリカン・ポップスの先達、ガーシュインの作品ということで、オリジナルの持つ品格をそのまま生かした、非常に大人の雰囲気のアルバムに仕上げられていた。
それに対して、この「In the Key of Disney」はというと、誰もが想像する通り、前作よりもずっとポップ寄りであって、遊び心も満載、お得意のコーラスも大サービス。まさに大人から子供まで、みんなが楽しめるゴキゲン・ミュージックになっている。

このあたり、稚拙な例えで申し訳ないが、「Reimagines Gershwin」がガーシュインとブライアン・ウィルソンとのコラボであるとしたら、この「In the Key of Disney」は、初めに書いたように、ディズニーとビーチ・ボーイズとのコラボになっている、と言ったらイメージが伝わるだろうか?
アルバムのブックレットには、サーフボードを頭に乗せた男が、ミッキー型の夕陽を受けて、海に向かって佇む姿のシルエット写真が載っているのだけれども、ここからも分かるように、やはり今回は「ビーチボーイズ流にアレンジされたディズニー・ミュージック」という構図を、ブライアン本人が十分に意識して制作したのだと思う。

まあ、どう考えてもこのコラボが成功しないはずがないわけで、結果としてこのアルバムは、ディズニー・ファンにも、そしてもちろんビーチ・ボーイズのファンにも、どちらからも好意的に受け入れられるだけの、ワクワクと楽しい出来あがりになっている。
逆に言うと、やや予定調和気味とでもいうか、ブライアンがビーチ・ボーイズのフィルターを通してディズニーしたら、当然こんなアルバムになることは、既におおよその予想がついてしまって、その辺やや物足りない感じがするけれども、それは期待過剰に過ぎるだろうか。

しかし、そんな過剰な期待をはね返すのが、ブライアンの曲の解釈能力というか、曲の魅力を最大限に引き出す力。これは全く衰えを知らないなあ。
こういうのは、やはり他人の作品をアレンジするとまざまざと浮き彫りにされるわけで、例えば、ここでのこの「ハイホー/口笛吹いて働こう」の解釈なんて、やっぱり常人のなせる業じゃないですよ。




それで、本題とは違うけどキンクス日和なので、ここで気になったことをひとつだけ言うと、2曲目の「BARE NECESSITIES」。
改めて聴いたら、このメロディー、キンクスがパクッてる気がするなあ。
アルバム『Misfits』に入ってる「Out Of The Wardrobe」の中で、このメロディー、じみーにちっちゃくいただいてる。恐らく間違いない。

クーッ!レイ先生ってば、またやりやがったかぁ?
いやはや、ディズニーからこそっと抜き出すとは、芸が細かいというか、ある意味いい度胸してますね。

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| Heavy Rotation | 19:18 | comments(2) | - | pookmark |
The Beach Boys 「The SMiLE Sessions」



「Kinks In Mono」のリリース告知に浮かれている間に、世間ではとっくに「SMiLE Sessions」の予約受付が始まっていたんですね。
「Kinks In Mono」は価格面に問題があって、いまだどうしようか態度を決めかねている僕なのですが、これが相手があの「SMiLE」とあってはダメだ、無理だ、考えている暇なんか無い。
2004年に発表されたブライアン・ウィルソン版の「SMiLE」も中々の名盤だったけれども、やはりご本人の声や滑舌に、年齢から来る衰えを感じざるを得なかった。
ここはやはり1966年当時の、ビーチ・ボーイズのあの美しい声で、この音楽を聴きたい!
それで、もう速攻で注文しちゃった。

だって、あの「SMiLE」ですよ。
もう永遠に日の目を見ることがないと思われていた、ロック史上もっとも有名な未発表アルバムが、制作から何と45年の歳月を経て世に出るわけだから…。

(このあたりの話が見えないという方は、ブライアン版の「SMiLE」が出た時に、僕は嬉しさの余りこんなエントリーを載せたことがあるので、良かったら参照してください)


…と言うわけで、ここしばらくは熱に浮かされたようにSMiLE、SMiLEと言っていたんですが、しかし一方では、今回このアルバムがどんなに素晴らしい形で発表されたとしても、昔からのファンは絶対に満足することなんか無いんだろうなあ、という気もしています。

何故かというと、元々の「SMiLE」というのは、ブライアンとして生涯で最も力を入れて制作していたアルバムであったろうと思うのだけれど、それが色々な問題が噴出して頓挫してしまった。ところが、そこに収録される予定だった数曲は、その後のビーチ・ボーイズのアルバムに、断片的に収められて発表されているんですね。
だから、マニアックな人たちは、これまで40年以上、それらの断片やブートなんかを丹念に拾い集めて、これがもし完成していればこうしたアルバムになっていたに違いない、ということを、各自がそれぞれに夢想してきているわけです。

つまり、ビーチ・ボーイズのファンが100人いれば、100通りの「SMiLE」がある。
ところが、その100通りの「SMiLE」が、今回の発売と同時に、1枚に収斂されてしまうことになった。
そしたらやっぱり落胆するファンもいるでしょうね。

それと、もうひとつ言うと、もしもこのアルバムがみんなの意に反して駄作であったとしたらどうなるか。
これは可愛さ余って徹底的に叩かれることは目に見えるし、逆にもの凄い名盤であったとしたら、この場合は「これが66年にリリースされていたら、サージェント・ペッパーに先駆けてロックの歴史を変えていたのにーッ!キーッ!」と、ファンの悔しさを今更ながら倍増させるに違いない。
つまり、どっちに転んでも、誰もが必ず諸手を挙げて大絶賛ということにはならないわけだ。

まあ、そこのところを考えて、今回のアルバムには「SMiLE」ではなくて「The SMiLE Sessions」という名前が付いているんでしょう。
これは、「SMiLE」録音時のセッションを、当初予定されていた形に近づけてリリースはするけれども、決して「SMiLE」そのものではありませんよ、という一種の予防線なんでしょう。


いやしかし、何だかんだ言っても、やっぱりアルバムへの期待は膨らむ一方です。
だって「グッド・ヴァイブレーション」「英雄と悪漢」「サーフズ・アップ」の、この3大神曲が一枚のアルバムに入っているだけでも、もう十分に元は取れるはずなのに、66年当時のブライアンの才気迸る楽曲が、あの美しいハーモニーと共に、まだまだ大量に収録されているんですからね。





アルバムは1枚モノの通常盤、2枚組のデラックス盤、5CD+2LP+2EPに豪華ブックレット、ポスター付という完全限定の超豪華ボックスセット、それからアナログ盤など、数種類のフォーマットで出る予定。

僕は、個人的に一番コストパフォーマンスが良さそうだと感じた、2枚組DXを予約してしまいました。


| Heavy Rotation | 23:38 | comments(2) | - | pookmark |
ニッキー・ホプキンス 「夢見る人」




 アルバートホールでプレイした日のことを
 彼は忘れないだろう
 これまでにこなした100万回ものセッション
 そう、彼はセッションマン
 コードの革新者にして最高のミュージシャン

 ロックン・ロールに流行歌手
 フィルハーモニック・オーケストラ
 彼にとっては同じこと
 そう、彼はセッションマン
 コードの革新者にして最高のミュージシャン

 余計なことは考えず
 ひたすら演奏するだけ
 セッションマン
 セッションマン
 あちこちのスタジオでプレイする毎日

 音符の通りに演奏しては
 同じ時間に帰ってく
 サービス残業なんかしない
 そう、彼はセッションマン
 コードの革新者にして最高のミュージシャン

 余計なことは考えず
 ひたすら演奏するだけ
 セッションマン
 セッションマン


キンクス4枚目のスタジオ・アルバム「Face To Face」収録の「セッションマン」のなかで、こう歌われているのがニッキー・ホプキンス。
なんだか褒めているんだか貶しているんだか分からない歌詞だけど、それでも伴奏を引き受けているんだから、少なくともホプキンス自身はこれを好意的に解釈していたんでしょう。このセッションのあと、ホプキンスも自分のソロシングルで、キンクスの「ミスター・プレザント」をカヴァーしていることを考え合わせると、彼とレイとの関係は普通に良好だったものと思われます。

ただまあ、それでもこの歌詞を読むと、この頃のレイ・デイヴィスって、やっぱりちょっとイジワルだったなあという印象は受けますけどね。


さて、それはそれとして、ロックの歴史を振り返る上で、最も重要なピアニストに位置づけられるニッキー・ホプキンス。
彼が携わったミュージシャンをざっと挙げるだけで、キンクス、ストーンズ、ビートルズ、フー、ジェフ・ベック、ドノヴァン、ジェリー・ガルシア、ジェファーソン・エアプレインにクイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス…。
英米を跨いだ実に多様なメンツが並びますけど、つまりそれだけ彼の音楽の幅は広かったということです。

ホプキンスが、キンクスの歌う「セッションマン」の通りの人ならば、彼はどんな曲も譜面に忠実に淡々と弾きこなす、単調で機械的なミュージシャンでしかないわけだけれども、これだけの幅広い音楽性をその指先で弾き分けてしまう才能が、並みのスタジオワーカーのものであろうはずもなく。
その才能の豊かさを知るのには、1973年に発表された初のリーダーアルバム「夢見る人(The Tin Man Was a Dreamer)」が最適なのだけれども、1997年にCD化されたこのアルバムも、amazonのレビューでは星5つを獲得しているにもかかわらず、現在では廃盤の憂き目を見ているようであります。(amazonで試聴は出来ます


クラシック音楽のようなピアノ独奏で幕を開けるこのアルバム。
オープニングからラストまで、アルバム全編を通してキーボードが大々的にフューチャーされ、基本的にギターアルバムばかりを聴いている僕のような耳には、これが意外と新鮮に響きます。

曲は大別して、流麗なピアノを配したスローバラードと、70年代初期のストーンズのようなホンキートンク調ブギー(?上手く言えない)の二本立てになっていて、それらがメリハリよく交互に並んでいる感じ。
まあ、このバラードとブギーの曲調の落差が激しくて、若干両極端な感じも否めないではないけれども、好意的に解釈すれば、これもニッキー・ホプキンスの音楽性の幅の広さゆえのことですね。

アルバムにはジョージ・ハリソン、ミック・テイラー、クラウス・ヴォアマン、ボビー・キーズ、クリス・スペディングなどが参加。
同じ時期に同じアップルのスタジオで録っていた、ジョージの「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」のメンバーとけっこう重複があって、つまりみんな掛け持ちで、向こうとこっちで演奏していたというわけですな。


いやあ、それにしても、ここに描かれた特にスローナンバーの、息をのむほどの美しさはどうだろう。大袈裟ではなくて本当に、筆舌に尽くしがたいものがあります。
そして、これは絶対に日本人受けするメロディーだな、ということを凄く感じます。



と言うのも、これはパクリとかそういう類ではないのだけれども、例えば4曲目の「Dolly」が、どことなく往年の「いちご白書をもう一度」のメロディを思わせるように、このアルバムの曲からは、1970年代くらいのジャパニーズ・ポップスで聴かれた旋律に、非常に近いものが感じ取れるのです。

これは全く個人的で当てずっぽうの推測だけれども、ひょっとしたらこのアルバムの発表を契機として、日本のポピュラー音楽家たちの間で、ニッキー・ホプキンズ・ブームのようなものが、かつて立ち上がったんじゃないだろうか?
それでこのアルバムを手本として、彼らは曲を書いたとか…。

だからホプキンスが1990年代になって、何故か「逃亡者」「並木家の人々」といった日本のテレビドラマのサントラを手掛け出すのも、これも70年代に彼から影響を受けた音楽監修者やプロデューサーなりが、そのように担ぎあげたと考えれば合点がいくのだけれど、どうだろう?

ま、全然根拠のある話じゃありませんが。


しかし、それにしても、このような名作が既に廃盤という今の状況は、全く腹立たしい限りであります。
こういう優れた音楽を、レコード会社の勝手で出したり引っ込めたりして良いものか。そんなことはもういい加減やめたらどうだろう。
商品化してしまうと在庫を抱えて採算が合わないと言うのであれば、今だったらネット配信という手段だってある。
新譜はどんどんネットで売るけれども、旧作には一向に目を向けたがらないのはどういうわけだ。
ネット上に作品ライブラリーを置いておいて、有料でダウンロードできる仕組みさえ作っておけば、レコード会社だって在庫を抱えて四苦八苦することもなく、リスナーにとっても「廃盤で聴きたくても聴けない」などという悲しい事態が消えて無くなるではないか。
それに、入手しづらい作品が高値で売買されるという現状のような悪弊も、幾分かは和らいで行くに違いない。


いやいや、話がだいぶ逸れてしまった。単純に「夢見る人」は名作よ!とだけ書きたかったのだった。
なんか今回は、内容があっちに行ったりこっちに行ったりしてしまいましたね。

とりあえず、ニッキー・ホプキンス「夢見る人」は名盤!
どこかの中古屋ででも見かけたら、ためらうことなく即購入をお勧めします。


読んでくれてありがとう!
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