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アーサーを読み解く4 「Drivin'」




 なんだか世界中がいさかいを起こしてるみたいで
 みんな戦争についてああだこうだ言ってるよ
 でも、ロシア人とか中国人とかスペイン人なんかには
 勝手に争わせておけばいいんじゃないのかなあ?
 だって太陽がこんなに眩しいんだし
 僕たちはドライブに行こうよ、ドライブに

 仕事なんてほっぽり出して
 悩みもみんな忘れちゃってさ
 さあ、僕の車に乗りなよ
 僕とドライブに行こうよ

 サンドウィッチは包んだし
 お茶もポットに入ってるよ
 ビールだってグズベリーのタルトだって
 こんなに沢山積みこんでるんだ
 だから、ドライブに出かけようよ

 良かったら君のママも誘いなよ
 草の原っぱで食事をしよう
 甥っ子も従兄弟も、兄さんも姉さんもみんな忘れてさ
 僕たちがいなくても誰も寂しがるわけないじゃない
 だって僕たちはドライブに行くだけなんだから、ドライブにさ

 何千本もの木々や
 何百もの野原
 何百万という鳥だって見れるんだよ
 さあおいでよ、僕とドライブに行こう

 牛に話しかけてみよう
 羊を見て笑ったり
 草の上に寝転んだら
 ちょっとウトウトしたっていいかも
 だから、ねえドライブに行こうよ

 僕らの周りのいがみ合ってる世界なんて
 全部スパっと忘れられるさ
 借金の取り立ても
 質屋の取り立ても
 おととい来いって言いたいね
 て言うか、誰も僕らを見つけられやしないよ
 だって僕たちはドライブに行くんだから、ドライブにさ

 バーネットの教会を過ぎて
 ポッターズバーまで足を伸ばそうかな
 そんなに遠くまで行くわけじゃないから
 帰りも遅くならないよ
 だから僕とドライブに行こう、ドライブに行こう
 ドライブに、ドライブにさ


「Yes Sir, No Sir」で小突きまわされ、「Some Mother's Son」で兄弟を失ったアーサーは、遂に現実逃避に向かったということでしょうか、全ての争いごとから逃げ出して、恋人をドライブに誘います。

歌詞の中の「スペインが戦争をしている」という記述に注目すると、この歌の時代背景は1925年頃じゃないかと推測されます。
20世紀前半にスペインが関わった戦争は1920〜26年のスペイン・モロッコ戦争と、1936年〜39年にかけてのスペイン内戦。
ただ、この歌の主人公がアーサーであるとするならば、1936年以降では彼は40歳を過ぎてしまうから、これは時代が下り過ぎ。
となれば、これはスペインがモロッコと戦っている頃の話なんじゃないか、となるわけです。

すると一方では、イギリスではそんなに昔から、一般人がドライブを楽しむほどの自動車社会になっていたのか、という疑問も湧いてくるのですが、参考までにこちらサイトを覗いてみると、どうも1920年代というのは、自動車産業及び交通網というものが、イギリスのみならず世界中で爆発的に発達した時期だったようです。
そうしてみると、レイ・デイヴィスは「アーサー」というこの歴史絵巻の中にあって、時代が自動車全盛期に入ったことを、この曲において暗示したかったのかも、という見方をするのはちょっと飛躍のし過ぎでしょうか。


さて、話はガラリと変わります。
実は、僕はこの『DRIVIN'』という曲こそが、キンクスというバンドの立ち位置を示す、最高のサンプルであると思っているのです。

『DRIVIN'』は、1969年10月の「アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡」アルバムの発表より前の、同年6月に先行シングルとしてリリースされました。
ということは、リスナーはその当時、アルバムの情報も何もなしに、キンクスの新曲としてこれを聴かされたことになりますね。
アルバムが発表された後になれば、この曲はアーサーの物語の一部なんだと、「アーサー」の時間軸を意識して聴く事が可能です。しかし、6月のシングル・カットに際して、予備知識もなく曲を聴いたリスナーは、一体何を思ったでしょう。

出だしの数フレーズを聴いた者は、恐らくみな一様にベトナム戦争を想起したと思います。
そして、ベトナムを想起したリスナーは、キンクスのこの曲を、こんな風に受け取ったんじゃないでしょうか。

 アメリカがベトナムでやらかしている戦争は泥沼化しつつある。
 これは決して良い事態じゃない。
 それはもちろん分かってる。

 「でも…」

 でも、今日はいいお天気だからドライブに行こうよ。


1969年、ジョン・レノンはヨーコとのベッドイン・イベントで、ベトナム反戦を訴えました。
ストーンズはその前年に、アメリカの「長く暑い夏」と言われた黒人暴動を助長するかのような『STREET FIGHTING MAN』を発表し、69年の『GIMME SHELTER』でも戦争のイメージを提起しました。
同時代のミュージシャンが、何らかの形でベトナム戦争をはじめとした世界の暗部に異議申し立てをする中にあって、レイ・デイヴィスが歌ったのは、なんと「見て見ぬ振り」の歌だったのです。


賛否両論あるでしょう。
むしろ、否定的な声のほうが大きいかも知れません。
でも、これがレイ・デイヴィスの終始一貫した姿勢なのです。
「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」氏や「トミー」氏のようなカリスマでも何でもない、「一般大衆」の側に立つ彼は、当たり前の人間が、当たり前に考えることを歌にします。

1969年当時、ベトナム反戦に声をあげていたイギリス人は、一体何人いたでしょう。
もっと言えば、曲の発表から40年を過ぎた今、イラクやアフガニスタンで起こっていることを知りながら、それに対して行動を起こす日本やイギリスの「庶民」の数は、一体どれほどのものでしょう。

僕だってイラクやアフガンやイスラエル、コソボやミャンマー、その他政情不安定な国々で暮らす人に、早く平和が来ればいいとは思います。
でも、そうしたことに後ろめたさを感じながらも、もしも今日、天気が良ければドライブに行きたいと思ってしまう。

レイ・デイヴィスが、遠い昔に自分自身の命題として掲げたのは、僕のような何でもない人間を代弁することだったのだと思います。
僕たちがキンクスの歌に、不思議な人間臭さと親近感を覚えるのは、それはつまり彼らの歌が、とりもなおさず「僕の歌」だからなのかも知れません。


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| Arthurを読み解く | 18:22 | comments(4) | - | pookmark |
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コメント
こんにちは。いつもは影ながら楽しく読ませて頂いております。それにしてもこのアーサー企画、滅茶苦茶面白いです。Pandaboyさんの深い洞察力と努力愛情に拍手喝采です。
僕はこの企画が始まってからはアーサーばかり聴いており、キンキーのレコの中でも最愛聴盤になってしまいました。感謝感激のこの企画、是非最後のアーサーまで無事辿り着いて頂ける事を願ってやみません。今後とも期待しております!
| 電気武者 | 2010/07/13 9:30 PM |
電気武者さん

はじめまして、いつもありがとうございます。

なんだかもの凄いお褒めの言葉をいただいて、エライ恐縮しています。

実は、この「Arthurを読み解く」ですけど、僕としては全くの手探り状態で書いてますので、傍から見たら、巨大な怪物に向かっていく、ドンキホーテみたいな滑稽な感じに思われてないか心配なのです。
今回こんな言葉をかけていただいて、いま飛び上がりたいほど嬉しいです!

>キンキーのレコの中でも最愛聴盤になってしまいました

この企画の「序」のところで書きましたが、僕がこの企画を始めたのは、少しでも多くの人にキンクスの音楽を聴いてほしいという気持ちからでした。
電気武者さんは以前からのキンクスファンとお見受けしますが、それでもこうしたことをおっしゃっていただけて、こんなに有難いことはありません。

>この企画が始まってからはアーサーばかり聴いており

ちなみに、この企画を始めてからの僕のアーサー聴取率は、もう、とんでもなくもの凄いことになってます。
この先何ヶ月かかるか分かりませんが、ご期待に添えるように頑張りたいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。
| Pandaboy | 2010/07/14 8:53 AM |
はじめまして、電気武者さん同様僕もいつも影から応援しています&今回の「アーサー企画」とても楽しみにしてます。毎回、Pandaboyさんの深〜い見解と並大抵であろう努力に心から感動してます。
個人的に元々「アーサー」はパイ期の中でも一番好きです。ただ、ロックオペラとして、というよりもやっぱり単純にいい曲が多いという理由でした(やっぱり英語わからないですし)。今回のこの企画で、「なるほど」と思うことばかりで、より愛情が深まりました。ありがとうございます。
上手く言えないのですが、荘厳な「Some mother's son」の次に、一見脳天気な「Drivin’」がくるところ、いかにもレイ・デイヴィスらしい気がします。この曲順に、逆に深みのある、リアルな反戦メッセージがあるようにも思えます。戦争の傷を負った「アーサー氏」だからこそ、「Drivin’」の現実逃避が重い。戦争で傷つき、憤りながら、個人での無力感を痛感せざるを得ない、そんないかにも「普通の人が持つ感覚」を、このような素敵な楽曲でさらりと表現しているところに、あらためてレイ・デイヴィスのすごさを感じます。
長くなってすみません。次回も楽しみにしています!
| きんすけ | 2010/07/14 10:24 AM |
きんすけさん

はじめまして、いつもありがとうございます。

>今回のこの企画で〜より愛情が深まりました

昨日今日と、キンクスへの愛情が深まったというコメントを相次いで頂戴し、管理人冥利につきる思いです。
これで今回の企画を始めた何%かは、その目的を達しつつあるのかな、と安堵しています。

さて、ご指摘の「Some mother's son」から「Drivin’」に至る、曲の流れのメッセージ性は、全くおっしゃる通りだと思います。

「Drivin’」は、この曲単独で聴くと、僕が本文で書いたようなポリシーのない人間の歌とも取れますが、「Yes Sir, No Sir」「Some mother's son」からの流れで続けて聴くと、声なき声としてのリアルな反戦メッセージに変化します。
僕はこの変化にこそ、単なる曲の寄せ集めだけでない「ロック・オペラ」の意義を感じますし、レイ・デイヴィスの音楽家としてはもちろん、演出家あるいは監督としての才能の奥深さも感じるのです。

「アーサー」のこの企画、これから先の展開は、まだまだ混沌とした部分があるのですが、皆さんのご声援に感謝しつつ、一歩一歩進めていきたいと思います。

これからも宜しくお願いいたします。
| Pandaboy | 2010/07/14 5:55 PM |
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