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Village Green 全曲解題5「Wicked Annabella」
 暗くて靄のかかった異教徒の屋敷で
 こわーいアナベラは
 色んなものを混ぜて
 秘密の飲物を作るんだ

 彼女は魔族の厄介者なんだ
 ハロー!なんて言えないくらい怖いんだよ
 ずっと闇夜の国に住んで
 お日さまの光が大嫌い
 とっても悪いことをして回るんだ

 僕は見たんだぞ
 彼女の髪の毛
 それからこっちを見てる彼女の顔
 その時僕が感じたのはね
 彼女の眼差しが僕の魂を燃やして
 頭が変にされそうだってこと

 さあさあ、よい子のみんな
 大人しくお寝んねしようね
 こわーいアナベラがお空を飛んで
 お目めパッチリの子を探しているよ

 今夜は森へ行くんじゃないよ
 木切れや石ころの下には
 アナベラのしもべの小悪魔たちがいて
 君を屋敷に連れて行こうと待ち構えているよ


前回の更新から、次はこれだろうと思っていたものの、この曲が何を意味するのか、未だいっこうに分からないのであります。
それで今回は、色々と考えたそのとりとめのない断片を、ここに記すにとどめます。


読んだ通りに解釈すれば、ヴィレッジ・グリーンのはずれにある森の奥には、不気味な魔女が住んでいるのだと。それで、彼女は夜な夜なホウキに乗って空を飛び回っては、村の子供たちを連れ去ろうと狙っているぞ、気をつけろ!とこういう歌です。

以前に書いた「Phenomenal Cat」もそうでしたけど、こういうフォークロアみたいな曲を挿入すると、アルバム全体の世界観に、凄く奥行きが出るなあ、とは思います。
と言うのは、一見ほのぼのとして見えたヴィレッジ・グリーンにも、ダークサイドがあるのだということ。
それから、ここはこうした魔女信仰なんかが今に伝わる伝統ある村だということ。
更には、村人たちはこうした話を口々に伝承してきた、素朴な人たちであるということ。などなど。
この一曲を挿入することによって、このような諸々がリスナーに直観的に伝わるようになっていて、世界観がぱっと広がるように思えます。

それと、その魔女信仰というところに話を持って行くと、そもそも「魔女」というのは、キリスト教の側から見た場合の異端というだけであって、元はといえばキリスト教が入り込む前から信仰されていた、土着の神々だったのだという解釈があります。
そうした神々が、後に入って来たキリスト教徒によって徐々に隅に追いやられ、悪と決めつけられて抑圧されたのだというわけです。

それで、僕はこの詩の冒頭を『暗くて靄のかかった異教徒の屋敷』と訳しましたけれども、これは原文で見ると
a dark and misty house, where no Christian man has been
となっています。
「いまだキリスト教の伝わらない未開の場所」程の意味になると思います。
だから、こうした話が伝わるというのは、この村にはキリスト教伝来以前からのいにしえの伝承が、今に残っているのだということになります。
ということはつまり、「古き良き伝統的なものを守って行こう」というアルバムのコンセプトにも、この曲はそのまま合致しているわけです。


さて次に、この2曲を聴き比べてみてください。





このふたつ、似ているという指摘があるんですが、どうでしょう?
言われてみれば、出だしがほんのちょっとだけ似ているかなあ?と思える程度ですかね。
でも、もしも、レイ・デイヴィスが、意識的にドアーズに似せてこの曲を書いたのであれば、これはとても面白いことになります。
「Hello, I Love You」のリリースが1968年の6月。「Wicked Annabella」のレコーディングが1968年の7月。
するとレイ先生は、「All Day and All of the Night」のパクリと噂されたこの曲を、更に自分の側からパクリ返すことで、世の中に台頭してきたサイケデリック・ムーブメントに気をつけろ、とでも言いたかったのか?
だとすると、これまたアルバムのコンセプトに符合するような気もします。


…と、まあざっとこんなことを、およそ一週間にわたってあれこれ考えてきたのですが、当然結論なんか出るわけない。

それで、一番しっくりくるのはですねえ、レイ・デイヴィスは、やはり自分の娘たちのためにこの曲を書いたんだろう、という解釈ですね。
これまで何度か書いてきたように、ちょうどこの「village Green」アルバムの創作期というのは、レイ先生が結婚して、娘ができて、その娘たちが2〜3歳くらいの、普通の家庭人としては幸せ真っ只中みたいな時期でした。
だから、娘たちが夜寝る前に、パパが童話を語り聞かせるというのは、どこの家庭でもありがちなことだし、それがレイ・デイヴィスなら、自分でお話くらい作ってしまうに違いない。
早く寝ないと悪い魔女にさらわれちゃうよ、とかですね。

パパがお話を作って、それをデイヴ叔父さんがコワーイしゃがれ声で歌って聴かせる。そんな風にしてできた曲を、その時レコーディング中だったアルバムに収録してみた。
この曲の成り立ちというのは、案外そんなものだったんじゃないのかなあ、と僕は思っています。


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| VillageGreen全曲解題 | 19:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Village Green 全曲解題4「Big Sky」

John Constable Hampstead Heath

 僕らが大きな空を見上げると大きな空も僕らを見降ろすよ
 僕らがそこいら中で押し合いへしあいしてるのを見降ろすよ
 大きな空は泣いてる子供を見ると悲しくなるんだ
 だけど大きな空はとても大きいからそんなことでは落ち込まないよ

 大空は泣くには大きすぎるんだ
 大空の居場所は高すぎて
 君や僕のことなんか見えないんだ

 いつか僕らは自由になる
 気に病むことなんてないさ 分かるだろう?
 その日が来るまでへこまずにゆこうよ

 世の中が僕の手に負えないと感じたら
 僕は大空を思うんだ
 そうすれば何の心配もなくなるからね

 大きな空は厄介事を抱える人たちを見降ろすよ
 意気消沈して頭を抱えて泣いてる人たちのことをさ
 彼らは手を突きあげて大きな空を仰ぎ見るけど
 大きな空はとても大きいから同情なんかしないんだ

 やりたいことをするには
 大空は忙し過ぎるんだ
 心の中では残念だと思ってるけど
 大空は泣くには大きすぎるんだ

 いつか僕らは自由になる
 気に病むことなんてないさ 分かるだろう?
 その日が来るまでへこまずにゆこうよ

 世の中が僕の手に負えないと感じたら
 僕は大空を思うんだ
 そうすれば何の心配もなくなるからね


「The Village Green Preservation Society」アルバムの収録曲としては、最も遅くレコーディングされたナンバー。
このシリーズの序章のところでしつこく書いた、最終形に至るまでの2枚のアルバム、すなわち「Four More Respected Gentlemen」にも、1968年10月版の「The Village Green Preservation Society」にも、この曲は収録されておらず、それどころか、データによればその1968年10月に、レコーディングそのものが行われたということなので、だから、これはレイ・デイヴィスがVillage Greenを作り上げるために探していた、その最後の1ピースということになります。

歌詞は一見、緑の村を見降ろす雄大な大空。
その大空賛歌のように見受けられます。
なるほど、レイはこれまでVillage Greenに暮らす人々や、動物たちを描いてはきましたが、そこにはまだ空が無かった。
だから、彼は最後の仕上げに、この村の上にどっしりと構える、澄み切った大空を描きたかったのだ。
と、ごく単純に理解する事はもちろん可能です。

しかし、どうか皆さんには、上に訳した歌詞の「大きな空」あるいは「大空」の部分を、ぜひ別の言葉に置き換えてお読みいただきたいと思います。
その言葉とはつまり「神」です。
これまでにも多くの論者が指摘してきたように、僕もここで言う「大空」は、「神」のメタファーだと思います。

神は天上から、地上の人々が押し合いへしあいしながら、ある者は泣き、ある者は意気消沈している様を見ています。
しかし、地上における人間のその様子を知りながら、大空の神は沈黙したまま、救いの手を差し伸べてくれるわけでもありません。
それにもかかわらず、この曲の語り手は「世の中が僕の手に負えないと感じたら、僕は神様のことを思うんだ。そうすれば何の心配もなくなるからね」という前向きな希望を捨てません。

もしも、この曲が、レイ・デイヴィスの宗教観を表すものであるとするならば、彼は宗教に限っては、意外とオーソドックスな観念の持ち主と言えそうです。
神の沈黙を若干寓話風に描きつつ、困難に直面した時にその名を呼べば、心の闇が晴れるというのは、レノンのように、殊更神をその地位から引きずり降ろそうとするような表現者と比べれば、ごく普通の感覚という気がします。
1972年のインタビューでの、「僕は教会へは行かなかったけど、自分では凄く信心深いと思っているよ」という彼自身の証言にある通り、レイという人は意外とそういう人なのかも知れません。

ただし、この曲におけるその「神」は、「大空」に擬して描かれているせいか、キリスト教の神というよりは、特定の宗教に拠らない汎神論的な神のように感じられます。

それで、僕はあまりこういうことを分からなくて言っているので、間違っていたら勘弁して欲しいのですが、ここに見られる汎神論や、アルバム全体を流れる自然への回帰志向、また『Phenomenal Cat』や『Wicked Annabella』に見られる神秘主義、その他の曲で歌われる個人の苦悩、個人の愛情といった表現は、これはレイ・デイヴィスが意識した、しないに関わらず、多分にロマン主義的であると言えるんじゃないでしょうか?
18世紀に現れた元々のロマン主義というものが、産業革命や、都市への人口流入、或いは機械化、合理化といった、「近代化」に対するアンチテーゼから勃興したものであるならば、時代こそ違え、ほぼ同じ動機から作られた、この「The Village Green Preservation Society」というアルバムそれ自体が、ロマン主義への先祖がえりという側面を色濃く持っているように感じます。

例えば、この稿の冒頭に置いた絵画は、イギリス・ロマン主義の画家、ジョン・コンスタブルの作品ですけれども、彼もまた近代化、都市化への反定立として、こうした風景画を数多く描いた人物です。
僕は画家の描く風景と、レイ・デイヴィスの描く詩情の間には、非常に共通する部分が見られると思うのですが、如何でしょうか?


■おまけ■
デイヴ・デイヴィスが聴いたら嫉妬しそうな、轟音ギターが素晴らしいThe Hotratsによる「Big Sky」のカヴァー。
他の人にカヴァーされると、曲の良さが改めて再認識できますね。



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| VillageGreen全曲解題 | 19:20 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
Village Green 全曲解題3「Phenomenal Cat」


 むかーしむかし
 おバカな国に
 日がな一日ゴロゴロしてる
 ビックリ猫さんおりました

 誰に邪魔されることもなく
 大満足で木に座り
 食べるためだけに生きている
 それは太っていたいから
 ゴロゴロするのはそのためさ

 とってもおデブな彼だけど
 世界中の人気者
 広げた地図で指さすは
 行ったことある場所だらけ
 カウズにサルディーニャ、カトマンズ
 シリー諸島やサハラ砂漠にも行ったことあるニャア

 Fum, fum, diddle-um di
 La la la la, la-la la la

 やせっぽちだった頃のこと
 いにしえの香港に飛びました
 そこで彼が学んだことは
 人生と海と空の謎
 それから彼は痩せるのやめて
 未来永劫 木に座り
 お腹いっぱい食べるようになったとさ

 Fum, fum, diddle-um di
 La la la la, la-la la la


アルバム・コンセプトの一部と考えれば、村に伝わる“マザーグース”のような、一種の伝承童謡と考えるのが妥当でしょうか?
これについては、レイ・デイヴィス本人からも、明快な答えはありません。
なかなか解釈の難しい曲ですね。

ただこれは、「Four More Respected Gentlemen」セッションの時に、既に名前の見える曲なので、だから作られた当初は、まだ「Village Green Preservation Society」のコンセプトには、組み込まれていなかったということになります。
すると、この曲は単体で、何か意味を持っているとも考えられますね。
じゃあこの「太った猫」というのは、何の暗喩なのでしょうか?

ということで、昔から色々な人が、色々な説を唱えています。

そんな中で、ちょっと面白いなと思ったのは、これはビートルズを皮肉ったものだという説。
英語で「太った猫(fat cat)」というと、「金持ち」「有力者」、或いは「裕福で特権を与えられた人」、「無気力で自己満足している人」等々、様々な意味があるみたいなんですが、そんな特権を持った金持ちが、世界中で愛されて、世界中を旅して歩いたけれども、東洋で神秘を学び、今では木の上に引き籠って暮らしている。
これはそのまま、ツアーをやめてスタジオに籠ってしまったビートルズに当てはまる、と言われれば、何となくそんな気もしてきます。

それから、歌詞それ自体にはそんなに意味は無くて、猫が旅した地名にこそ意味が隠されているじゃないか、という説。
すなわち
カウズ(Cowes)というのは、猫の大好きなミルクを出してくれる乳牛。
サルディーニャ(Sardinia)とは、同じくイワシ(sardine)に引っかけた洒落。
カトマンズ(Kathmandu)は、これはCat_Manduであって、直訳すれば「猫饅頭」。
だから、これは言葉遊びの歌であって、そんなに深い意味など無いのだ、という人がいる。

実は、僕もおおむねこの意見に賛成の立場です。
というのも、この頃のレイ先生というのは、このシリーズの序説のところでも書きましたが、ミュージシャンであると同時に、小さい娘を持つ家庭人でもありました。
その状況を思い描くと、これは本来、自分の子供を喜ばせるために、遊びの歌として作ったと考えるのが自然のような気がします。
グリム童話に出て来るような知恵者の動物や、「不思議の国のアリス」におけるチシャ猫を思わせるこの“Phenomenal Cat”は、いかにも子供の喜びそうな、そんなキャラクターとして描かれています。

何かにつけて意味を持たせたがるのは、世の中の大人の悪い癖ですね。
これは村に伝わる童謡であって、その一部は猫にまつわる言葉遊びで出来ている。
やっぱり、冒頭に書いた通りのこういう解釈が、一番ピッタリ来る気がするのですが、いかがでしょうか?
| VillageGreen全曲解題 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Village Green 全曲解題2「Johnny Thunder」


 ジョニー・サンダーは水の上に住んで、稲妻を食べて生きている
 ジョニー・サンダーは誰とも関わらないし、お金だって欲しくない
 町中のみんながみんなジョニーを理解できないけど
 やっつけようとも思わない
 ジョニー・サンダーは誰とも話をせずに、戦い続けてる
 可愛いへレナだけがジョニーのために祈るんだ

 Ba ba ba ba ba ba ba
 かみなりと稲妻
 Ba ba ba ba ba ba ba
 かみなりと稲妻

 みんなはベストを尽くそうとするけれど
 老いたジョニーは
 他の奴らみたいにはくたばらないと誓ってる
 ジョニー・サンダーは稲妻みたいにハイウェイをぶっ飛ばす
 それでも可愛いへレナは言う
 「神様ジョニーをお守りください」

 Ba ba ba ba ba ba ba
 かみなりと稲妻
 Ba ba ba ba ba ba ba
 かみなりと稲妻


ジョニー率いるバイカー集団が、オートバイ・レースのトロフィーを盗んで、小さな町にやって来る。傍若無人に振る舞う彼らには、町の保安官さえも手を出せない。
無愛想だが根は優しいジョニーは、保安官の娘でウェイトレスをしているキャシーを気に入るが相手にされない。
やがてやって来た別の暴走族と、町中でトロフィーの争奪戦を繰り広げるジョニー達に、住民の怒りは高まって行く。
ある夜、ジョニーは、キャシーがオートバイの男に襲われそうになるのを救う。このことでジョニーの優しい一面に気付いたキャシーは、彼に好意を寄せるようになるが、不器用な彼はどういう態度に出て良いか分からず、キャシーを怒らせてしまう。
このやり取りを見ていた町民の一人が、ジョニーがキャシーを襲ったと誤解したことから、怒りを募らせていた他の住民達も押し寄せて、ジョニーにリンチを加える。
郡警察に捕まったジョニーだったが、キャシーの弁護で無罪となり、仲間とともに町を出て行く。
その後、ひとりだけで町に戻って来たジョニーは、キャシーに好意を伝えようとするが上手く言えない。コーヒーを飲みながらキャシーにほほ笑むと、それだけでバイクにまたがり、再び町を出て行く。


というのが、1954年に制作された、マーロン・ブランド主演のアメリカ映画「The Wild One 乱暴者“あばれもの”」のあらすじです。
(いやいや、あらすじ「らしい」です。すいません、ホントは観てませんwww…)

他人とトラブルを起こすけれども、実は心優しいナイーブな男、という主人公の性格設定は、「理由なき反抗」を初めとする様々な青春映画に受け継がれていきますし、劇中の、黒の革ジャンにオートバイというマーロン・ブランドのファッションも、ジェームス・ディーンやプレスリーに影響を与えたということなので、だからこれは、後のカウンター・カルチャーの出発点みたいな映画のようですね。

ただ、1954年制作の映画ながら、その反社会的な内容から、イギリスでは長い間公開が禁止され、ようやく許可されたのは1968年になってからでした。
1968年ということはつまり、The Village Green Preservation Societyが制作された年です。

というわけで、僕は、Johnny Thunderの下敷きとなっているのは、恐らくこのThe Wild Oneなのだろうと思います。
主人公の名前がジョニー(フルネームはジョニー・ステイブラー)であり、彼の愛車がトライアンフ・サンダーバード。ふたつ合わせれば、つまり『ジョニー・サンダー』となるわけで、やはりレイ・デイヴィスがこの映画から何らかのインスピレーションを得ていることは、まず間違いのないところでしょう。

映画のエンディングで町から去って行ったジョニーでしたが、では彼はその後どうなったんだろうかと考えると、町民とは微妙に和解して、お互いにつかず離れずの関係を築き、相変わらずバイクは乗りまわすけれども、決して暴力的なわけではなく、そんな姿をキャシー(ヘレナ?)が陰ながら見守るという、この曲のような世界観も有りなんじゃないかと思いますが、どうでしょうね?


さてそれでは、どうしてVillageGreenのアルバムに、このバイカーの話が入っているのでしょうか?

僕の推測はこうです。
ジョニー・サンダーは、アルバムの主人公となる少年に影響を与えた人物。
少年は、村人から変人扱いされているジョニーに、大人たちの目を盗んで会いに行き、そこで音楽を学びました。
何故なら、ジョニーはバイカーであると同時に、ロックンローラーであったからです。

いや、ジョニー=ロックンローラー説というのは、僕が言ってるんじゃなくて、レイ・デイヴィスが後に「Preservation act機廚婆世蕕にしていることですからね。
どのくらいの時期にどんな活躍をしたとか、ここで詳しいプロフィールを書くと、あとで書くことが無くなるので止めときますけど、とにかくそういうことになっている。

少年はジョニーからロックンロールと、アウトロー的な人生観を学び、長じて彼のように生きようと決心します。
そう、まるであの(ニューヨーク・ドールズ → ハートブレイカーズの)故ジョニー・サンダースのように。

よく映画や小説で、ひとりの人物の成長を描く作品には、必ず彼(もしくは彼女)に影響を与える人物が出て来るでしょう?
だからVillageGreenのこのアルバムでは、ジョニー・サンダーがその役目を担っているんじゃないだろうか。
そして、彼に影響された主人公は、やがてミュージシャンを目指し、村を出て行く決心をするに至ったんじゃないかなあと、僕は考えるのであります。


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| VillageGreen全曲解題 | 23:22 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
Village Green 全曲解題1「Village Green」


 都会のスモッグや騒音から遠く離れた片田舎に
 緑にあふれた村がある
 教会の塔から見渡したのは
 あれは遠い昔のことだ

 僕はデイジーという名の娘と出会い
 古い樫の木陰でキスを交わした
 僕は彼女を愛してたけど
 名を上げてやりたい気持ちがあって
 それで村を出てしまった

 僕は緑の村を捨ててしまった
 あそこにいる素朴な人たちを
 僕は緑の村を失くしてしまった
 教会と時計台 そして尖塔
 朝露ときれいな空気 それに日曜学校も

 今ではあの家々は
 珍しい古民家ということになっている
 アメリカのツアー客も訪れるようになった
 写真を撮りながら口々に言う
 “なんてこった、最高の景色じゃねえか”
 デイジーは雑貨屋の息子のトムと結婚して
 そのトムの奴も 今や雑貨屋の親父におさまっている

 僕は緑の村を捨ててしまった
 あそこにいる素朴な人たちを
 僕は緑の村を失くしてしまった
 教会に時計台 そして尖塔
 朝露ときれいな空気 それに日曜学校も

 あの村へ帰ろう
 デイジーに会おう
 僕らはお茶をすすって笑い合うんだ
 そして緑の村の話をするんだ
 僕らは笑って 緑の村の話をするんだ


「Village Green」というのは、手元の英和辞書によれば「(芝の生えた)村の共有緑地《村人の遊び場などになる》」とのことであって、これはつまり村の中に存在する「緑の区画」といった程度のニュアンスでしょうか。
アルバムのタイトルソングである「The Village Green Preservation Society」が言うところの“Village Green”については、この辞書の説明通りで良いかと思いますが、でも今回取り上げているこの曲に限って言えば、これは「みどり村」といった感じの、村それ自体の名称と解した方がピッタリくると思います。

レイ・デイヴィスは、この曲を最初に書いて、その後これを膨らませてアルバムへと発展させて行ったということで、なるほど彼は、まずここで村の造型をしています。

そこは、都会から遠く離れた辺鄙な村。
緑にあふれた村内には、鋭くとがった塔をもつ教会と、大きな時計台があり、古い樫の大木が堂々とあたりを見降ろしている。
朝露に濡れる青々とした自然と新鮮な空気が村中に満ちて、日曜学校に通う素朴な人たちが住んでいる。
それが、主人公の生まれ育った場所です。

歌詞によれば、村に住んでいた頃のこの主人公には、デイジーという名の恋人がいましたが、彼が都会へ出たことがきっかけで別れてしまい、今では別の男性と結婚しています。
長い間、村を離れていた彼でしたが、近頃では都会の生活に満たされないものを感じ始めていて、故郷へ帰り、再びデイジーに会いたいと思っている。

けれども、彼が帰ろうとするその村は、少年時代を過ごした頃の、以前のままの姿ではありません。
村に点在する古い家屋が評判となり、いつの間にか観光スポットになっていました。今ではアメリカからツアー客が押し寄せるほどの、人気の場所になっていたのです。

だから、主人公が帰りたいと願う、素朴なままの「みどり村」は、今ではどこにも存在しません。
主人公は、生まれ育ったその土地へ帰ることができ、幼馴染のデイジーとも再会することはできますが、彼らがお茶をすすりながら語り合うのは、「あの頃の」みどり村であって、それは彼らの思い出の中にしか存在しない失われた場所なのです。

この曲に描かれるノスタルジックな感傷は、そのままアルバム全編に流れるテーマとなっています。
取り戻すことのできない、過ぎ去った日々に対する大いなる喪失感。
アルバムが、新奇なもの、革新的なものに沸く1968年に理解されず、そうした狂騒状態から覚醒した10年後、20年後に高く評価されるようになったのは、望郷とか郷愁といった万人共通の感情を、作品の中心にしっかりと据えていたからだと思います。


と、ここまでは、歌詞を読めばみんながすぐに理解できることであって、これだけではあまり面白くありません。
なので、以降は、僕の独自の深読みを書きます。

僕の推測では、アルバムの主人公はロック・ミュージシャン。
彼は「みどり村」で生まれ育ちましたが、幼少のころから見知っていたある人物に影響されて、ロック・スターになることを夢見て村を出ます。
都会へ出た彼は、ミュージシャンとして一応の成功を収めます。
しかし、近頃では金と欲にまみれた音楽業界に嫌気がさしており、昔の友達や恋人に思いを馳せて、故郷に帰りたいと願っています。

これがこのアルバムの大まかなストーリーです。

さて、ところで、この主人公というのは一体誰なのでしょうか?
僕はこれは、パイ後期のアルバムを好んで聴いてきた皆さんには、既にお馴染みの人物だと思いますが、さて?

答えを言うと、
僕は、これは「ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第一回戦」の主人公の青年、その人だと思っています。
彼もまた、このVillage Greenの青年と同じように、名声を得たいと願って故郷を捨て、ミュージシャンとして成功を収めますが、金と権力の世界に嫌気がさして、自由を求めて出奔しようとします。
何となく話が重なり合いませんか?

「ローラ〜」の青年は、アルバムの中に当時のキンクスのマネージャーや、出版社の実名が登場することから、レイ・デイヴィスの分身といって間違いないでしょう。そして、この「ヴィレッジ・グリーン」の青年にもまた、レイ自身のキャラクターが多分に投影されていると考えられます。
つまり、ふたりは同一人物ということです。


「The Village Green Preservation Society」アルバムは、この主人公を中心にした話を軸に、彼を囲む人物や、村に伝わる伝承などをこれに絡めて進んで行きます。

次回は、この主人公に影響を与えた、ある人物について考察します。


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| VillageGreen全曲解題 | 00:07 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |
Village Green Preservation Society 全曲解題(その序)


「Kinks Are The Village Green Preservation Society」の収録各曲について、色々思いつくことを、これから数回にわたって書いていこうと思うのですが、本題に入るその前に、アルバムがリリースされるまでの経緯とか、当時のキンクスの置かれていた状況みたいなものを、一度確認しておこうと思います。

このアルバムが制作されるそもそもの始まりは、1966年11月にレコーディングされた「Village Green」という一曲でした。
1966年の秋というと、キンクスとしてはアルバム「Face To Face」がリリースされた直後であり、次作の「Something Else By The Kinks」のレコーディング・セッションを開始したばかりといったタイミングだと思います。
ちなみに、同じ1966年11月にレコーディングされた曲が、その「Something Else」に収録された「Two Sisters」といえば、この当時のレイ・デイヴィスが、作曲家としてどのような方向を模索していたかが分かりやすいかと思います。

キンクスは、この前年の1965年6月に、ブリティッシュ・インベイジョンの一翼を担うべくアメリカ上陸を果たしたものの、(レイによればさしたる理由もなく)現地のミュージシャンズ・ユニオンから、向こう3年間のプロモーション活動を禁止されてしまいました。
つまり、アメリカ再上陸が解禁されるまでの間、当面はイギリス国内に目を向けた音作りをしてゆかざるを得ない状況にあったのです。

そうした環境の中、「Something Else」セッションの、割合に早い時期に録音された「Village Green」でしたが、アルバムに収録されること無く、しばらくはレイの頭の中で熟成を待つことになります。


ところで、アメリカでのプロモ禁止以外にも、この時期のキンクスには問題が山積していました。
ビートルズやストーンズのような、強力なマネージメントを持たなかったキンクスには、そこに群がる複数のプロダクションによる権利の奪い合いが生じており、それが法廷闘争に発展したのもこの時期からでした。著作権者としてのレイも、当然これに巻き込まれることになります。
70年代になってこの問題が解決するまで、レイの著作権料は凍結され、彼はその楽曲からの収入を、一切得られなかったと言われています。

また、キンクスの他のメンバーはというと、ベーシストのピート・クエイフが、1966年6月にオートバイ事故を起こしてバンドを離脱。ジョン・ダルトンがその後任に納まります。
しかし、気まぐれなピートは同年11月にバンドに復帰。その後、一応はキンクスのメンバーとして活動は続けるものの、次第にレイ達とは距離を置くようになってしまいます。
「Village Green Preservation Society」のレコーディング中にも、ピートとレイの衝突は絶えず、ピートは保存してあった「Days」のマスターテープに「Daze(朦朧とする)」と落書きをして、レイを激怒させたという逸話もあります。
このような事情から、レイはピートがいずれ脱退するであろうことを予感しており、このアルバムの制作をもって、オリジナル・キンクスは終わってしまうのだと、密かに覚悟していたようです。

一方、当時のレイの私生活に目を転じると、彼は1965年5月に最初の妻ラサと結婚。11月には長女のルイーザが誕生し、その後次女のヴィクトリアも生まれています。
ということは、レイは「Village Green Preservation Society」の制作当時、妻と娘を持つ家庭人であったということで、これも作品の背景として、ちょっと重要かなと思います。

アルバムが制作されたのは、そのような決して順調ではない音楽活動と、平穏な家庭との間に、レイ・デイヴィスが揺れ動いていた時期でした。


さて、1967年9月に「Something Else」をリリースしたキンクスは、次のスタジオ・アルバムとして、「Four More Respected Gentlemen」と名付けられたアルバムの制作に入ります。
レイによれば、このアルバムはテーブルマナーとか、イギリスに古くからある習慣を皮肉ってやろう、という意図のもとに作りはじめられたということですが、収録が予定されていた曲目を見てみると、そのコンセプトは生かされることなく終わったようです。

  1.She's Got Everything
  2.Monica
  3.Mr. Songbird
  4.Johnny Thunder
  5.Polly
  6.Days
  7.Animal Farm
  8.Berkeley Mews
  9.Picture Book
 10.Phenomenal Cat
 11.Misty Water

一見して分かるように、ここには「Monica」とか「Johnny Thunder」といった、そのまま「Village Green Preservation Society」アルバムに転用された曲も収録されてはいるものの、肝心の「Village Green」が含まれていません。
ということは、「Four More Respected Gentlemen」は、今では「Village Green Preservation Society」の前身ということになってはいますけれども、両者は実は全く別の発想からなるアルバムだったということでしょうか。
(一説には、これら収録曲はレコード会社が勝手に公表したもので、レイ達の意図とは異なっていたとも言われていますが)

そうして考えると、レイは後年、『66年に「Village Green」という曲を書いた時点で、アルバムのすべての構図が出来上がっていた』ようなことを語っていますが、これはちょっと怪しくなってきます。

改めて「Four More 〜」の収録曲を眺めると、恐らく「Days」をアルバムの“核”に据えつつ、イギリスの牧歌的な生活を描こうとした意図は組み取れるものの、コンセプト・アルバムとしては、やや散漫な印象と言わざるを得ません。
レイ自身もその様に感じたのか、『アルバム制作中にディラン・トマスの≪ミルクの森で≫(Under Milk Wood)にインスパイアされた』という理由で、「Four More Respected Gentlemen」の制作を中止し、「Village Green Preservation Society」へと舵を切り替えるわけですが、その時になって初めて、2年前に書いてお蔵入りにしておいた(あるいは自分のソロアルバム用に秘蔵しておいた)曲がひとつあることを思い出し、そこから改めてコンセプトを練り直した、と考えるのが自然なんじゃないでしょうか。


練り直されたコンセプトを基に、色々な曲の差し替えなどの紆余曲折を経て、キンクスのこの新作は1968年10月に、ヨーロッパの一部で、今ある完成版に近い12曲入りがリリースされます。

  1.The Village Green Preservation Society
  2.Do You Remember Walter?
  3.Picture Book
  4.Johnny Thunder
  5.Monica
  6.Days
  7.Village Green
  8.Mr. Songbird
  9.Wicked Annabella
 10.Starstruck
 11.Phenomenal Cat
 12.People Take Pictures Of Each Other

ところがレイは、この仕上がりにも満足できなかったようで、リリース後、即販売差し止めにして、ここから「Days」と「Mr. Songbird」を外し、新たに5曲を付け加えたものを、1968年11月にリリースしますが、これが現在ある形の「The Village Green Preservation Society」ということになります。

  1.The Village Green Preservation Society
  2.Do You Remember Walter?
  3.Picture Book
  4.Johnny Thunder
  5.Last of the Steam-Powered Trains
  6.Big Sky
  7.Sitting By The Riverside
  8.Animal Farm
  9.Village Green
 10.Starstruck
 11.Phenomenal Cat
 12.All Of My Friends Were There
 13.Wicked Annabella
 14.Monica
 15.People Take Pictures of Each Other


ざっくりと見渡したところ、このアルバムには時系列に沿った、はっきりとした筋書きはありません。
一曲一曲を吟味しても、現在進行形で歌われる曲、現在の視点で過去を懐かしむ曲、本筋とは関連なさそうな寓話風の曲などが順不同(?)に並んでいて、少なくとも「アーサー」のような、物語仕立てではありません。
リスナーの立場から、読み解く対象としては、かなりの強敵のようです。

そこで、アルバムが物語仕立てでないのであるならば、僕としてはこの解読をレイ・デイヴィスの思考の流れに合わせて、「Village Green」から開始してみようかと考えています。
その後は、アルバムの曲順どおりにするか、レコーディング日付順にするか、その辺はまだ決めかねていますが、いづれにしても、極力話の流れが分かるような並べ替えをしつつ、最終的に全曲を解題してみたいと思っております。


さて、この稿の最後に、アルバムの制作にあたり、レイが影響を受けたとされている、「ミルクの森で」について少し触れます。
この詩劇は、ウェールズの詩人ディラン・トマスが1954年にラジオドラマとして書いたもので、Llareggubという名の架空の村に住む人々の、24時間を描いた作品です。

書き出しの
It is spring, moonless night in the small town,
starless and bible-black
は、その2行目がキング・クリムゾンの「starless」の歌詞にも引用されて、プログレ・ファンにはつとに有名ですね。

小さな村の中で、様々な登場人物がそれぞれの生活を送る、そのひとコマひとコマの断片をつなぎ合わせたような作品で、その意味では「The Village Green Preservation Society」の構成に近いものがあると思います。

僕としては、今回これを書くにあたり、一度読破しておかなければと考えていたのですが、残念ながら未だ果たせずにおります。
興味のある方は、ここに原文がありますので、ぜひ翻訳していただいて、僕に詳しく教えてください。


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| VillageGreen全曲解題 | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Preservation 全曲解題(予告)


以前からやるやると言いながら、中々先に進まなかった「Preservation」シリーズの全曲読み解きを始めることにしました。

今から1年半ほど前に、『アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡を読み解く』というのを、およそ半年かけて書きましたけれども、それを始めるにあたって先ず思っていたのは、日本におけるキンクスの認知度の低さの一因は、彼らが量産したストーリー性のある所謂「ロックオペラ」というものが、言葉の壁によって敬遠されてしまったことにあるではないか、ということでした。

その仮説が正しかったかどうかは分かりませんが、少なくとも僕自身に関して言えば、シリーズを始める前と終えた後とでは、アーサーに対する評価が、まるで違ったものになっていたのは事実です。
始める前は「なんてこじんまりとした物語だろう」と思っていたものが、終了後には「なんて壮大な物語なんだろう」と、その見方がほぼ180度変わっていたのです。

その時の経験もあって、次は何を「読み解こう」かと考えたのですが、いっそのこと最も難解な奴に挑んでみよう、ということになりました。
それがこの「Preservation」のシリーズです。


キンクスの「Preservation」シリーズは、以下の3枚のアルバムからなる、ストーリー性のあるロックオペラです。
  Kinks are the Village Green Preservation Society』(1968)
 ◆Preservation Act 機戞1973)
 『Preservation Act 機戞1974)

レイ・デイヴィスによれば、後に発表された『Schoolboy in Disgrace』も、シリーズの主役を務める人物の、子供の頃を描いたものだということでしたが、これはシリーズとは全く独立した、いわばスピンオフのような作品なので、今回は読み解く対象には含めない事にします。

制作年代を見ても分かるように、物語性という意味では、,離▲襯丱爐癲↓↓とは全然別物とも考えられるのですが、しかし△良饌罎箸覆訃貊蠅,撚里錣譴訛爾任△蝓登場人物も一部重なり合うということで、△寮こΔ鮨爾味わうために、,硫鯑匹睇要かと思いまして、敢えてこれを含めることにしました。


というわけで、早速次回の更新以降から『Village Green Preservation Society』の解題を始めていきたいと思っております。
まあ、キンクスのマスターピースとして、ロック史に名を残す本作については、既に語り尽くされた感もあって、いまさら僕が「読み解く」などといっても、世間の嘲笑を浴びるだけかも知れませんが、これをおさらいしておかないと、シリーズの本丸である『Preservation Act 機Ν供戮諒へ行けない気がするので、笑いものになるのを覚悟で始めます。
これは、あくまでも僕なりの鑑賞ですので、その辺はどうぞご容赦ください。


いま、レイ・デイヴィスの歌の世界を自分なりに咀嚼するために、日本盤にある訳詞には頼らず、一曲一曲を自分で訳していて、それをほぼ終えたところです。
そこで、現時点での感想を一言だけ言うと、オープニング曲での溌剌とした表現とは裏腹に、全体としては、思いのほか「切ないアルバム」という気が、ぼんやりとですがしております。


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